2014年 10月 28日
サビーネ・モーア & オーレ・ヘンリック・ハーゲン「Behind Lines -Drawing into Space-」-作品紹介


サビーネ・モーア


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「species」/2014




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「sinus」/2014




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「Islands」/2014




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サビーネ・モーアの作品について (ルートヴィヒ・ザイファルトのテキストより)

常に緻密な流儀で、作品にちょっとした、あるいは徹底的な介入を施して、サビーネ・モーアは私たちに、周囲にありながら、日常の環境では異なる状態でも作用する習慣の力により、しばしば見過ごしている不思議な現象・ものごとに気づかせてくれる。彼女が作品に用いる媒体は無限に思われ、ドローイング、写真、印刷技法、地図作成資料や彫刻、そして多種多様な素材で作られたオブジェもあり、それは光の投影や広大な空間インスタレーション、さらに宇宙の建造物への干渉にまで及ぶ。
彼女が作品に取り入れていないアート手法を挙げる方がよほど簡単だろう。
彼女の全作品を一つにまとめている要素は別のレベルに存在する。つまり作品の背後に下がって立つという、30年以上彼女の制作を定義してきた一貫した姿勢の中に、偽りの慎み深さという印象を醸し出すことなく、あるのだ。 しかしサビーネ・モーアの作品は、劇的なプレゼンテーションという意味では決して遂行的ではない。 彼女が見事な妙技に対する賛同や喝采を求めていると見る人はいないだろう。彼女のアプローチは手品師か道化の如くで、何かを素早く消し去ったり、取り出したり、変えたりして慣習的な状態が均衡を崩されるように見える間、本人に視線が注がれることはない。だが私たちが彼女のアーティスティックな関わりに偶然出会ったり、床より上の高さに目立つよう置かれた幾何学的パターンのどれかに視覚を惑わされてつまずくような気がしたとき、既に作家は視界から消えている。きっと彼女はこっそり私たちを見ていて、私たちが彼女の罠に踏み込むか、それとも彼女の現実的かつ想像上の旅をたどって行くことができるか知ろうとしているのだろう。
( Ludwig Seyfarthz ルートヴィヒ・ザイファルト/ 美術評論家、キュレーター)







オーレ・ヘンリック・ハーゲン


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「Drawing」/2013-2014






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「the messemger」/2014






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「black bubble head」/2014




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(R)EVOLUTION  (変革)進化
Gathered by the wayside: 
Ole Henrik Hagen’s processual visualization of hidden pictorial worlds
路傍で拾い集めたもの: オーレ・ヘンリク・ハーゲン  隠された絵画的世界の進行的視覚化

「観察される事物を特別に選び、現実の対象が徐々に変貌する中で些細な事実を登録する。突然別の感覚が現れ、それらは背景となる。」

Paul Virilio: The Aesthetics of Disappearance (1980) ポール・ヴィリリオ「消失の美学」(1980年)より


オーレ・ヘンリク・ハーゲンは作品の中で日常生活の出来事に潜む物語を探る。彼の関心は、ハンブルク、マルセイユ、パレルモ、北京など世界のさまざまな都市の路傍に見つかる、打ち捨てられ、放棄され、忘れられた物たちに集中している。 彼はまた、かつてどんな風に使われていたかがそれ自体から伝わってくる風変わりな中古品にも同じく惹きつけられている。玩具、漫画のキャラクター、こまごましたアクセサリー、動物のぬいぐるみ、その他生き物を思わせる形状の動かない物たちが、彼の増殖し続けるモチーフの貯蔵庫の中心にある。彼の絵画作品にはこれらが独特の自律的な存在として登場し、見慣れたものと異質なもの、傷つきやすさと気味悪さの間を揺れ動いている。

フォトペインティング(ハーゲンが編み出した手法、まずキャンヴァスに写真用乳剤で直接描き、描かれたモチーフが感光してからその上にアクリル絵具で重ね描きする)とは別に、ハーゲンの多要素を合わせた美学的実践は写真、ドローイング、壁面に設置するオブジェにまで広がる。それらを繋ぐのは、隠されたり見過ごされたりしている現実の側面の、詩的で連想しやすく断片的なドキュメンテーション(記録資料化)という原則だ。 同時に、見出された物たちの相互関係が、時間や場所の境界を超越して明白にされる。絵画上に置き換えられる過程で、画題となった物たちは自由に浮遊し、場所や時間から解放された「媒介物」となって、過去の痕跡を現在へ投げ込み、それらを今この場において有効な、意味のあるものにする。

ノルウェー人アーティストであるハーゲンはハンブルクに長年在住しており、独特な実験的手法を「失われたオブジェ」シリーズから始め、助成金を得て、2004年パレルモに渡った。これは2006年北京で制作を開始した「メリーゴーラウンド」プロジェクトにつながる。シチリア島、中国、ハンブルク、ウィーン他の都市空間で撮影した写真や描いたドローイングの中に蓄積したモチーフは、異なる(ポップ)カルチャーや地域の状況から得た主題を通して着々と拡大しハーゲンのオープン・アーカイブ(公開記録)となり、彼自身がそこからインスピレーションを受け続ける絵画的語彙となっている。
主題の多くは作品に繰り返し現れるが、時の流れとともに、再文脈化、新たな衝突、美学的変容を経て変化している。それら主題は記憶を表す簡略化された記号のようであり、忘れられた物事を取り出したり保存したりするための、暗い側面として現実の下に横たわる夢の領域のための、失くしたり見つけたりしたもののためであり、そうした全てが彼の作品の中で消滅から守られている。これに加えハーゲンは、言葉と視覚のオブジェ・トゥルヴェ(英found objectと同じ=見出された物)たちと 言葉と絵画の引用を統合し、美術史の文献から哲学的批評または映画の会話についての評論まで、多岐にわたる出典には1960年代初頭に出版された超常現象に関するノルウェー語の本、古い雑誌類、人類進化の歴史百科事典、子供向けの本、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン1922年の著書「論理哲学論考」などが含まれている。
ハーゲンの作品構成の中枢である美学的側面は、多様なコンテクストから生じる要素の二元的な結合と組織化から成る。通常彼は2つの絵画的モチーフの衝突を扱うが、紙に描かれた二つ折り書板のような作品では、そうしたモチーフがしばしば2枚の独立したドローイングの並置と考えられる。彼のシナリオでは、例えば中国で知覚され写真として捉えられた玩具の犬の姿が、進化のトピックについての再解釈された科学的図表と出会う。彼はばらばらな要素を同等に作品に組み入れる。例えば神智学派(神秘思想)の降霊会で撮られた写真から抜き出した心霊体の顕現、北京での宣伝イベントで演じられたアクロバティックな芸当の断片的な描写、あるいはロイ・リキテンスタインが漫画的手法で描いた宇宙の絵画から抜き取った人物まであって、その台詞の吹き出しには、イギリスのお化け屋敷の室内の壁を撮った写真に書いてあるのをハーゲンが見つけた言葉「わからない。もっと話してくれ」を入れている、などだ。

主題は時に写真的な断片として、またある時はドローイングやペインティングの輪郭線にまで切り詰めた一部分として表現される。ハーゲンのクロスメディア・モンタージュでは、最初は本質的に全く異なると思える要素たちの間で相互の反発が起こり、それら要素の総合体が、個々の作品において虹色の、重層的で、多様なインパクトを表現する。このことについてシュールレアリスムの画家ルネ・マグリットの言葉を借りれば、「ありふれたものでさえ(中略)このように統合したり変身したりするのだから、我々はそのものたちをこんな風に見るとき、そこに他の何かがあることを、見慣れたものと同時に姿を現す見知らぬ何かがあることを、認めなければならない。」 ということになる。
こうした表現方法によりハーゲンが(ポスト)シュールレアリストの制作手順で描くのは「様々な現実の驚くべき出会いの数々」で起こる本質的に異なるものたちの衝突であり、既にウーヴェ・M・シュニーデが消費者社会の初期段階で商業の宣伝広告の種々雑多な形式が都市的なぶつかり合いをする中に包含されているのを見ているものだ。シュニーデが指摘するように、「驚くべき出会いとは現実そのものに元来備わっているもので、ただ発見されたり体験されたりする必要があるにすぎない(後略)。したがって超現実もまた、拡張した現実の認知という問題なのだ。」 この意味で、ハーゲンは制作進行中の作品の中に拡張現実を創り出している。作品は芸術的手法を使ったフィールドリサーチの一種として、奇妙で思いがけないもの、これまで目に見えなかったり顧みられなかったものを知覚できるかたちにしながら進行している。

目下ハーゲンはドローイングからペインティングへと手法を移し替える作業に集中しつつあり、その過程で「画家らしい表面素材」としてキャンヴァス、あるいは板を紙の代わりに使い、部分的にネオン管といった彫刻的な素材も取り入れている。彼は日々の消失と忘却の流れから単にものを拾い上げるだけでなく、そうすることでアート作品として救済しているのだ。それ自体一時的なものであるドローイングというスケッチ的な媒体に、意図して選ばれた触覚的な絵画材料の物質性を通して実在性と固体性が与えられる。こうして未決定の状態、私たちの存在する要因がその中に起源を持つ状態が、捉えどころの無さと永続性の間に、消滅と発現の間に、存在と不在の間に創り出される。コントラストの交錯は別として、ハーゲンはそのアプローチの独特な論法で、見せることと見えなくすることの逆説的な融合を覆い隠している。見えなくすることはぼかしや重ね塗り、重ね合わせの多様な形式で表現されている。しかし隠すことは、観る者の関心を隠されたものへと導く役を務めてもいる。

( Belinda Grace Gardner べリンダ・グラス・ガルトナー/ 美術評論家・キュレーター)






( 撮影:松尾 宇人 )
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by mmfa | 2014-10-28 18:49 | 展示情報 | Comments(0)


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