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2012年 12月 26日
冬季休廊のお知らせ
昨日で、2012年のすべての展示が終了しました。
ご愛顧をありがとうございました。

1月8日(火)まで冬季休廊となります。
年明け1月9日(水)より13日(日)まで、ひきつづき「常設展 Winter Collection」を開催。

18日(金)より、SYUTAこと三友周太の個展を2013年の展示初めとしてお届けします。


SYUTA EXHIBITION 2013 AKAHANA
2013年1月18日(金)~2月3日(日)
11:00-19:00 金曜 -20:00 最終日 -17:00
月・火定休 ※2013年より、定休日を設置します

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by mmfa | 2012-12-26 14:55 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 25日
「山本藍子展」終了

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鮮やかな色彩、動物をモチーフとした素朴なフォルム。
強烈でナイーブな山本藍子さんの世界が、年内最後の締めとなりました。
チキンもターキーも生きていて、自分達も日々 命をいただいている。
矛盾の花、混沌のレース、そして元気が 会場に満ちました。

ご来廊くださったお客様、ありがとうございました。
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by mmfa | 2012-12-25 19:33 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 20日
常設展「Winter Collection」 作品紹介
2F開催中の常設展「Winter Collection」より、作品紹介です。


左:横湯久美 右:スザンナ・ニーデラー
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奥:祥洲 右:小島敏男
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奥:中込靖成 右:萩原義弘
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年内は25日(火)まで。
冬季休廊(12/26(水)~1/8(火))をはさみ、1月13日(日)まで開催しています。


祥洲
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by mmfa | 2012-12-20 18:57 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 19日
「山本藍子展」 作品紹介
開催中の「山本藍子展」より、作品紹介です。

豚、牛、鶏など、家畜としての動物をレース模様で覆いつくすスタイルで作品制作している日本画家、山本藍子さん。

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2年半ぶりの個展となる今展。対象となる動物に、山羊、アヒル等 これまでにないバリエーションが見られます。

色彩の多色と鮮やかさに、作家の内面の変化と充実が感じられます。



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人間に食べられるために、生きている牛さんも豚さんも、精一杯生きているのです。
(山本 藍子 )


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画廊1F奥の壁を埋める、牛をモチーフにした大作は壮観。
全18点を展示しています。
会期は25日(火)まで。


山本藍子展 Aiko YAMAMOTO EXHIBITION
山本藍子個展(2010)
山本藍子個展 -piggy-(2008)
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by mmfa | 2012-12-19 14:00 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 14日
「山本藍子展」「常設展 Winter Collection」スタート
「山本藍子展」「常設展 Winter Collection」、本日より始まりました。

【1F】「山本藍子展」
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レースで彩られた家畜たち。壮観です。2年半ぶりの個展です。




【2F】「常設展 Winter Collection」
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黒、金、茶色を中心に構成されています。奥に見えるのは中込靖成さんの作品。


展示風景は、追ってまた、アップします。


山本藍子展
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by mmfa | 2012-12-14 20:30 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 11日
「宗國仙嬌展」「萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩」終了
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1F/ 宗國仙嬌展「墨彩と素描~Vol.2」、2F/ 萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩-『私は母を産まなかった』、終了しました。

ご来廊くださった皆様、誠にありがとうございました。
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by mmfa | 2012-12-11 21:55 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 09日
「萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩」第3回イヴェント
ヤリタミサコ、萩原義弘、菊地拓児、3人によるアートトーク
「目黒区美術館『文化資源としての<炭鉱>展』とその後」が昨日行なわれました。

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菊地拓児さんは、1981年北海道生まれ。
産業遺産や炭鉱遺産をテーマとして創作活動を行なうクリエーター。「コールマイン研究室」室長。
※コールマイン研究室とは、アーティスト・ミュージシャン・クリエイターを中心とした炭鉱研究・調査・ミーティング集団です。
東京都現代美術館で開催された川俣正展[通路]において正式に発足。

コールマイン研究室 

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以下、それぞれのコメントの抜粋です。


出生の地、朝日炭鉱は自分が高校の時、閉山しました。
人が簡単に死ぬ。『明日の命は知れない』という炭鉱での感覚があった。
東京に出てきて、それがない事に違和を感じました。

アメリカの詩人、エイドリアン・リッチの詩の中に「女は鉱山」という一節を見つけ、
mine (マイン)の語に、自己を考えるひとつの契機を見出しました。

目黒区美術館『'文化'資源としての炭鉱展』ではじめて萩原さんの写真を観て、自分の詩世界との共通点を感じました。
その出会いが、今回の詩集に結実しています。

2008年 東京都現代美術館で川俣正「通路」展を見た時、炭鉱自体が(不敬かもしれないが)
壮大なるインスタレーションである事に気付きました。

(ヤリタミサコ)



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目黒区美術館での『炭鉱展』、自分は話す側で、ヤリタさんは聞き手でした。
その後、冬青社での個展時に再会。自分の作品へ寄せるヤリタさんの深い理解がわかりました。
その後、詩集への作品提供の話しをいただき、快諾。
自分の作品ファイルをヤリタさんに渡し、好きな作品を選んでもらいました。

アルテピアッツァ美唄、現在はいわき市の画廊コールピット。炭鉱にゆかりある場所で展示をしています。
明日は撮影で札幌入り、30年前に事故があり、シリーズのきっかけとなった夕張を撮り直している。同じ場を何度も訪れます。

いわきでは、炭鉱住宅の解体現場なども撮影しています。戦前の新聞が壁に貼ってある。止まった時とその解体。家に立派な柱が使われていて、その時代、裕福だった炭鉱関係者がいた事がわかる。ひとからげできない、炭鉱という存在。

(萩原義弘)





自分の生まれた1981年は、夕張炭鉱ガス事故があった年。炭鉱産業終焉の契機となった事故の年に自分は生まれました。
手稲鉱山を10代で訪れて強烈な印象を受け、爾来、各地の炭鉱跡を廻っています。

川俣正さんと出会い、2008年、東京都現代美術館「通路展」で、コールマインラボとして活動。
三笠市の炭鉱夫の家に育った川俣さんは、自分の知らない生の炭鉱を知っている人。

現在活動中の三笠プロジェクト。サポーター「三笠ふれんず」募集しています。ロゴは自分がつくりました。

目黒区美術館「炭鉱展」折は、川俣さんのインスタレーションに共同作業で参加しました。
土門拳さん、山本作兵衛さんといった、重厚なドキュメンタリーと比べ、川俣作品は軽いと思われたようです。しかしその「様々」感が、多面体としての炭鉱なのではないか。

(菊地拓児)




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炭鉱について、人から話しを請われても、実は答えにくい。
NHKドキュメンタリーのようなウェットなイメージの炭鉱の生活以外の生活もあった。
過去は内的真実。自分は炭鉱を、ドキュメンタリーでなく、散文詩にします。

萩原さん、菊地さんの作品を尊敬するのは、世間が抱くウェットな炭鉱を拒否する仕事をしているからです。事実を見据えること、心的事実を大切にすること、それに加えて批評精神があるから、アート作品として自立している。


(ヤリタミサコ)




撮影時、「自分が楽しい」と思える事。撮影時、無理をしたり狙うと駄目な写真になる。
一切そこにある物には触れないようにしています。
被写体が寄ってくる。自然が寄ってくる。そうでなければ「撮れなくてもいい」というスタンスで、制作しています。

(萩原義弘)




昨年、北海道岩見沢でコールマイン研究室のメンバー(林哲)と共に「炭山の光」という展示を行いました。
リアルな炭鉱ではなく、光で炭鉱のイメージを表現したつもりです。

例えば、「三笠ふれんず」では、地元の人々や、美術を学ぶ学生たちを巻き込むかたちでプログレスが進行している。これは経済的な援助はどこからもないので、サポートメンバーによる会費で運営している。
町おこしではなく、特定の目的にからめとられない、自由な立場での「批評性」がアートの面白さ、可能性だと思っている。
ステレオタイプ化、外部から求められているもの、その危険性をいい意味で裏切るアートを目指せればと思います。

三笠ふれんず


(菊地拓児)
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個々のよって立つ場所、年代性別によって、対象に抱くものは変わります。
土門拳の写真の強烈なイメージ、NHKドキュメンタリーのような炭鉱ではない炭鉱もあること。明るい炭鉱。散文としての炭鉱。抽象的な炭鉱。
それぞれの持ち寄りが積まれ、いわば会話のインスタレーションを、周辺から見せていただいたような会でした。
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by mmfa | 2012-12-09 20:55 | Comments(0)
2012年 12月 06日
「萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩」 作品紹介
開催中の「萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩-『私は母を産まなかった』」より、作品紹介です。



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全国各地の炭鉱・鉱山跡(ヤマ)を撮り続けている写真家 萩原義弘さんの「SNOWY」シリーズが
展示の中心。ロールプリント4点、額装13点を。


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ヤリタミサコさんの詩集・書籍コーナー机をセンターに。
その他、ヴィジュアルポエトリー作品や過去の著作物を併せて陳列。


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萩原義弘さんの写真は、この秋刊行されたヤリタミサコさんの詩集『私は母を産まなかった/ALLENとMAKOTOと肛門へ』の
掲載原稿となったもので、未発表イメージが多く展示されています。

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刊行された詩集の表紙となった作品。

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ヤリタミサコさんのドライであって鮮烈な詩と、萩原義弘さんの冷徹にして温のある写真。
「(目黒の展示で出会った時)萩原さんの写真を瞬時に理解できた気がした」というヤリタさんは
北海道岩見沢(朝日炭鉱があった)の出身。
この二人の出会いの機縁となった炭鉱というもの、その存在が現在に残すものを受けとめながら、
詩の領域に心を馳せる展示空間です。



萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩-『私は母を産まなかった』
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by mmfa | 2012-12-06 18:27 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 05日
宗國仙嬌展「墨彩と素描~Vol.2」 作品紹介
開催中の宗國仙嬌展「墨彩と素描~Vol.2」より、展示作品を紹介します。



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作家はシンガポール生まれ。
幼少時に出会った南宋の梁楷の絵を機縁に東洋絵画の道にすすむことになる。


今回は、軸装の水墨画と共に、人物画の素描「Mode drawing」シリーズを発表。
日本のファッションイラストレーターの草分けである長沢節のモード画からインスピレーションを得て制作されたという。
懐かしさの中に新しさがあり、来廊者からの評判も良いよう。


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約100点が展示されています。
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会期は11日(火)まで。
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宗國仙嬌展「墨彩と素描~Vol.2」
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by mmfa | 2012-12-05 12:44 | 展示情報 | Comments(0)
2012年 12月 02日
「萩原義弘とヤリタミサコ:写真と詩」 第2回イヴェント
第2回イヴェントが本日行なわれました。
3名の詩人によるトーク「詩と時代の交差するところ」


会津より及川俊哉さん、博多より渡辺玄英さんがお越しくださいました。

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自分の出身地、岩見沢は炭鉱の町。死がすぐ隣にあった世界。そういう所で
育った自分は、都会に出てきて、人々が「死」に日常性を感じない事に驚いた。

孫悟空のように、石から生まれた気がしていた。
この詩集の表紙の写真を見た時、自分の心象と合致しました。

怒りや理不尽さを、諦めるのでなく、共に生きています。
(ヤリタミサコ)

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日常の中にある切れ目、ほころび。そういったものが詩作のモティベーションになります。

「~ねばならない」というフレーミングやカタログに、私達は常に晒されています。
身体は長じるにつれ文化環境に押し付けられる。逃げられないものをいかに自分でとらえなおすか。
普段は、自分の体であって自分の体ではない。けれども座禅、瞑想、などを通じて
幻想かもしれないが、自分の体と自分が調和する瞬間もあります。それはとても心強く、
その後、いろいろな予測できない場面に出会っても「戻って来られる」場所となる。
(渡辺玄英)

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ハードとしての与えられた身体はいたしかたないものだが、OSを入れかえる事により、
自分に添う体を手にいれられると考えた。身体との和解は生きるうえでの命題。

自分の住む会津には、3.11以降、被災された方も沢山いらしている。
さまざまな立場の人と関わり話しをする中で、迂闊な事もいえない、それでも気持ちはやむにやまれず・・
人智に余る巨大な力(=放射能)を前に無力である人間がそこにいます。
そのとき、荒ぶる神としての超越者に対して、静まってほしいという祈りの形で祝詞という形式の詩にしました。

(及川俊哉)

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ヤリタさん曰く「私たちは似たセンサーを持っていると思っています」。
三方のトークは『身体』『3.11以降』を主テーマに展開されました。あっという間の2時間でした。
画廊という視覚表現の場に慣れている者にとって、「生の言葉」の持つ深い力にあらためて、深く打たれた時間でした。


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by mmfa | 2012-12-02 21:33 | 展示情報 | Comments(0)